デザイン経営の成功事例

グローバル企業のデザイン経営

この投稿は、デザイン経営の成功事例を、グローバル、国内大手、国内中小、の軸で論じた部分の要約になります。

戦略デザイナー森田昌希のビジネスレビュー「中小企業におけるデザイン経営の戦略的重要性と新たな要件」の要約⑦になります。

森田昌希プロフィールついてはこちら

●キーワード

デザイン経営/経営戦略/ Apple / ダイソン / パタゴニア / ネスレ/slack/ SONY / 良品計画 / JINS / メルカリ / ヤマハ発動機 / スギノマシン / 中川政七商店 / ジャクエツ / 東洋スチール / クラスコ

●デザイン経営の成功事例

デザイン経営の成功事例を、グローバル企業、大手企業、中小企業、と分類しレビューすることで、デザイン経営の浸透を阻む問題を炙り出しています。

デザイン経営が、企業規模や主幹事業の内容に左右されず導入しやすい経営戦略になること、それこそ私が論文を執筆した目的です。

●グローバル企業のデザイン経営

グローバル企業の成功事例としては、Apple、ダイソン、パタゴニア、ネスレ、slackなどが挙げられています。

これらの企業は、パーパスに基づき製品やUIUX拘ることで独自性や新しい市場価値を生むことに成功しています。

パーパス

一方でこれらの企業がデザイン経営の事例として紹介されればされるほどに「デザイン経営」=「おしゃれな物を造る、売る会社」と認識してしまう人が多くなります。

このミスリードが中小やBtoBがデザイン経営導入への障壁になっていることは間違いありません。これらグローバル企業の具体例についてはネットで情報がゴロゴロ転がっているので今回の要約では割愛します。

では、国内の企業はどうでしょうか?

●国内大手のデザイン経営

国内大手の成功事例としても、SONY、良品計画、JINS、メルカリ、などBtoC企業が多いが、本論文ではヤマハ発動機やスギノマシンといったBtoB企業の成功事例を取り上げています。

BtoBのデザイン経営

富山に本社を置く工作機械製造会社であるスギノマシンは、機器その物ではなく、自社が提供する機器や、従業員の制服や、コーポレートサイトなど全体を通じて、「スギノマシンの工作機械」を顧客に認知してもらうことを重要視してきたそうです。

スギノマシン

ただ、杉野岳氏は朝日新聞社ツギノジダイのインタビュー記事のなかで

「デザイン経営を推進する人件費はバカになりません。経営に携わる誰かが『腹をくくってやるぞ』と言わなければ、とてもじゃないけどできないことです。特に当社のようなBtoBメーカーで、『経営にデザインを取り入れよう』と言っても、『そんな遊びみたいなことが何になるんだ』と言われるわけですよ。そこを力技ではなくロジカルに、他の経営陣を説得するだけの覚悟と準備は必要ですよね。」

(ツギノジダイ,2021年7月現在)

と言っている。

大手であってもBtoB企業ではデザイン経営の導入が難しいことが伝わってくる。

●国内中小のデザイン経営

中小企業の成功事例としても、奈良の中川政七商店などBtoC企業がやはり多いが、ジャクエツ、東洋スチール、クラスコなどBtoB企業やプロダクトを持たない中小企業を本論文では取り上げています。

自社のオリジナル製品を持たない中小BtoC企業の成功事例として取り上げたのは石川県に本社を置く不動産仲介業のクラスコグループです。

デザイン経営

小村氏(2019)によると、

デザイン経営の実行

「ブランディングはマインドイノベーションを、テクノロジーはプロセスイノベーションを、ブランディング×テクノロジー=サービスイノベーションをもたらす」

(小村「デザイン経営の実行」,2019,pp.44-45)

デザイン経営の2つの要素をテクノロジーで分解し、その先に顧客満足があると書いています。

これをWEBサイトや顧客サービス(顧客体験UX)や従業員の働く環境に落とし込むことで、製品を持たずともパーパスを社内外に伝えることできたそうです。

その結果、物件自体で差別化のしようがない業界特性のなか「クラスコに物件を選んでもらいたい」となるほどの顧客満足を獲得し、事業の拡大という具体的な成果を出しています。

具体的に何を実行したかは紹介した書籍でお読みください。

デザイン経営の導入後にの成果は、賃貸仲介件数ランキングで8年連続北陸地区第1位となり、社員一人あたりの生産性は2.5倍になったそうです。また、従業員がクラスコに集まり始め、県内社名認知度は50%以下から98%にまで向上し採用面で大きな効果をもたらしたと同書籍で記されています。

大手でもない、BtoCでもない、

そんな中小企業でのデザイン経営の成功事例があることが分かりました。

●問題提起

ここまでのように中小企業でも成功事例はあります。

しかし、ヒト、モノ、カネ、情報という中小企業のリソースを考慮すると導入が容易でないことは分かりました。さらに言えば、ボリュームゾーンである中小のBtoB企業や自社製品を持たない企業でデザイン経営の導入に成功した企業は極めて少ないことも分かりました。

デザイン経営の困難

「戦略的に有効であることは分かるけど、導入&実践が非現実的だ」

という問題を解決するために、本論文では中小BtoB企業のデザイン経営導入における要件の不足を明らかにしてきます。

~続く~

~獺祭~旭酒造の競争力をデザイン経営の視点から分解

獺祭

~獺祭~旭酒造のデザイン経営

獺祭で有名な旭酒造は、マーケティングやイノベーションや地方創生の視点で論じられることが多いですよね。先行研究にも良く取り上げられています。

旭酒造のWEBサイトはこちら

大学院のケーススタディでは頻出企業でした(笑)。

本稿では、少しレイヤーをあげてデザイン経営の視点で旭酒造の競争力を分解してみました。

デザイン経営の論文要約はこちら

パーパス ⇒ デザイン経営 = ブランド × イノベーション

獺祭のブランド × 獺祭の新しい市場価値(生産と流通)に置き換え、

それぞれレビューしていきます。

要点だけをまとめて5分で読めるボリュームに要約しました。

デザイン経営の効果
デザイン経営の効果

———-index————-

①旭酒造のパーパス

②獺祭のブランド

③獺祭の新しい市場価値_生産&流通

④まとめ

——————————

①旭酒造のパーパス

『酔うため、売るための酒ではなく、味わう酒を求めて。』

旭酒造のパーパス

やはり二人称で掲げられていました。

企業にとって「売るための酒ではなく、味わう酒」であり、

お客様にとって「酔うためではなく、味わう酒」であります。

まさに共感ベース(YouだけでなくYou&I)で礎が打ち込まれています。

※私の研究では2人称はYouではなくYou&Iになりますが、3人称のWeとは区別しています

  • I    =アート思考⇒創造の手段
  • You   =顧客志向(マーケ2.0まで)⇒顕在ニーズを満たす手段
  • You&I =デザイン思考⇒潜在的問題解決の手段
  • We =社会思考(DDIなど)

②獺祭のブランド

●2割3分の純米大吟醸

獺祭

「味わう酒」を追求するとここまで磨くことになります。

つまり原価が高騰します(通常の純米大吟醸が5割)。

新しい顧客が新しい体験をするために必要なコストであるという経営判断をしたんですね。

「You&I」と言うより「I」が強め、アート思考よりでかなりのギャンブルですね(笑)。

●希少性

ブランドコントロールのためなど様々な理由はありますが卸を介さないことが希少性に繋がりました。

しかし、生産戦略の視点から疑問が残ります。1000本の需要に対し10本しか生産できないことは機会損失が大きすぎます。1000本の需要に対し999本生産したいところです。希少性と機会損失のバランスは本当に難しいですね。

●その他

  • 「杜氏の新たな雇用形態」
  • 「火入れなど他社が模倣困難な製法」
  • 「属人化させない製法」
  • 「ワインがライバル」
  • 「海外でもローカライズしない」

など常識を覆した弱小酒蔵としてメディアが取り上げ続けたことが最もブランド構築に役立ったのではないでしょうか。中小企業でも広報PRが重要な事例と思います。

中小企業のPR

③獺祭の新しい市場価値

●生産のイノベーション

杜氏の暗黙知やノウハウなど属人的な製法を可能な限り止め、計数管理による生産の見える化を実現させました。日本酒の製法におけるイノベーションですね。学術的に見ても、組織の5原則である専門性の発揮や、模倣困難性、支える組織もしっかり設計されています(VRIO)。

計数管理

●流通

・直販

決定的なイノベーションは卸を排除し酒屋への直販体制を敷いたことです。

田舎の弱小酒蔵が、並々ならぬ営業努力により、獺祭会という直販体制を構築しました。

直販

直販体制を敷く必要があった理由は、価格統制、ブランド維持、エンドユーザーの声、を重視したからだそうです。

・いきなり東京

地産地消という酒蔵と顧客にとっての当たり前を排除し、いきなり東京進出しています。地元を懐かしむ東京在住の山口の方がイノベーターとなり、アーリーアダプターを巻き込みキャズムを乗り越えています。

流通と消費行動の2つの意味でのイノベーションですね。

マーケティング

また、直販により顧客との距離感が縮まったため顧客の消費行動をダイレクトに収集することができました。

その結果、STPで新しい消費行動による市場を見つけたんですね。

具体的には、新しいターゲット(若者&女性)と新しい消費行動(洋食店で日本酒)です

女性とお酒

④まとめ

以上より、ブランドとイノベーションにより競争力を得た獺祭は大きな市場を見つけ、先行者優位による強いロイヤルティも獲得しました。知名度のない田舎の弱小酒蔵でも、デザイン経営で東京や世界へ飛び出すことができたわけです。

海外進出


ここからは補足ですが、上記までの内容をもっと学問的にまとめました。

ご興味ある方は是非お読みください。


~続き~

日本酒の市場がシュリンクを続けるなかで(環境変化)、

①をベースに②と③の強みを生かし(模倣困難な組織と体制を構築)、

競争力を高めた(マーケティング)事例と言えます。

●国内マーケティング

誰と:

獺祭会に属す既存の酒屋と

誰に:

ワインバーなど通常日本酒を置かない飲食店に

何を:

和食以外にも合う磨き率の獺祭を

どのように: 

①旭酒造の営業担当と酒屋が、地域の飲食店情報をベースに新規開拓戦略を実施することで上記ターゲットを見つけ出す。

②日本酒が好きな玄人ではなく、食事前のおつまみと一緒に少量のお酒を健康的に楽しむ方や、美味しい食事を楽しむ一般の方に獺祭が合うことを酒屋と共に店頭訪問しブランド認知度も絡めて訴求する(プッシュ)。 

③可能な範囲で社長がメディアに露出する際に、獺祭の新しい楽しみ方、つまり酒自体を味わうのではなく食事を楽しむ(モノ消費ではなくコト消費)ことをパブリシティに載せる(プル)。 

④成功事例や導入事例を他地域で横展開させる。

効果:

以上により、新しい市場へのTPを作り、売上数量を増加させ、酒屋との関係性強化を図ることで代理店の定着率と代理店のレベルの高さを担保した。

そして、社長の想い「美味しいお酒を新しいお客様に届ける」ことを実現させた(アンゾフ市場開拓)。

●海外マーケティング

誰に:

海外の展示会で新しく接する海外代理店に

何を:

ローカライズしない日本らしい純米大吟醸である獺祭を

どのように(展示会では):

①純米大吟醸の価値を訴求する。

②酒自体を楽しむのではなく、食事と楽しむコト消費型の日本酒であることを訴求する。

どのように(契約後は):

①日本で実施している勉強会や営業担当者と酒屋での密なコミュニケーションにより、商品情報や知識やロイヤルティなど販売店の品質を国内同様に担保する。

②一定のレベルを担保した代理店と限定的に取引を行う。

効果:

以上により、海外という新市場を開拓することで、売上数量を増加させ代理店との関係性を強化した。

また、日本の獺祭会のような組織的な販売チャネルを海外でももつことで、獺祭というブランドを海外でも国内と同様に担保した。

そして、社長の想い「日本らしい香りと味の美味しいお酒を海外のお客様にも届ける」ことを実現させた(アンゾフ市場開拓)。

最後は何だか診断士の筆記試験の解答のようになってしまいましたね(笑)。

おわり

デザイン思考~デザイン経営~

デザイン思考

この投稿は、「デザイン思考とデザイン経営」についての要約です。

戦略デザイナー森田昌希のビジネスレビュー

中小企業におけるデザイン経営の戦略的重要性と新たな要件」の要約④になります。

森田昌希プロフィールついてはこちら

●キーワード

デザイン経営/デザイン思考/デザインシンキング/共感/デザインドリブンイノベーション/戦略デザイナー

●デザイン思考は単なる手段

いきなり超重要なポイントです!

デザイン思考とは先天的な才能ではありません。

また、デザインセンスを持つ人だけが体得できる専門スキルでもありません。

デザイン思考は、全ての人が後天的に体得できる思考方法(単なる手段)に過ぎないんです。

デザインドゥーイング ⇒ 先天的なセンスが影響

デザインシンキング ⇒ 後天的な汎用スキル

●共感から始まるデザイン思考

デザイン思考は、ユーザーを観察し、ユーザーに共感し、ユーザーも気づいていない潜在的な課題に目を向けます。

デザイン思考

そして、課題と技術を結び付けたアウトプット(プロット)を出すところから始まり、

共感とアウトプットをアジャイル的に反復するのがデザイン思考です。

なので ”考え方” というより ”手段” に近いんですね。

起点がフレームワークや過去の実績や科学的根拠や機能的価値ではなく、

デザイン思考の起点はユーザーへの共感にあります

●ユーザー目線

良品計画の金井政明会長は、日経ビジネス(2019年2月20日号)の記事で次のように語っています。

無印良品のデザイン経営

「企業は天動説になってしまいます。自分の会社から世の中を見てしまいます。世間は自分たちの会社や商品を分かっていると思い込みたいし、思い込みます。」

ユーザー目線を企業が持つための(天動説を地動説に置き換えるための)機能の必要性を説いていらっしゃるんですね。

社内のボードメンバーが下すマーケティングや顧客志向による意思決定では、天動説(既存の尺度)の枠組みから出ることは難しい。

なので良品計画はアドバイザリーボードを置き、天動説に偏った意思決定を排除できる体制を整えているようです。

①デザイン思考を持たないボードメンバーによる意思決定からイノベーションは起きない

②ボードメンバーから降りてくるロジカルな意思決定による制約条件なかで、事業部によるデザインの意思決定からイノベーションは起きない

●デザイン思考による経営の意思決定

良品計画のように、デザイン思考による意思決定が事業部ではなく経営層にあるべきという先行研究をご紹介します。

TimBrown氏は、

今やデザインは思考プロセスとして上流に移りつつあるのだ

(Tim Brown(2009)CHANGE BY DESIGN、(邦訳 千葉敏生訳(2010)『デザイン思考は世界を変える』早川書房.p.18))

と著書で述べています。

事業部にあったプロダクトデザインという組織の機能から、デザイン思考による意思決定機関としてレイヤーが上がって重要度が高くなっています。

その理由は、デザイン思考によるデザイン経営が独自性(ブランド)と新しい市場価値(イノベーション)を創造し競争力の源泉になることが分かってきたからなんですね

デザインに携わる方にしてみれば「遅っ」と思われるでしょう(笑)。そもそもデザイン経営は過去数十年に言葉をかえて提唱されてきた概念でもあります。デザイン経営の歴史についてはネットを調べれば情報がたくさんあるので本稿では割愛します。

●デザインドリブンイノベーション

デザイン思考がイノベーションにつながった事例としてニンテンドーwiiの先行研究を紹介します。

『デザインドリブンイノベーション(以下DDI)』(ベルガンティ,2016)で、

枯れた技術に意味を付与する意味の価値、つまり“ゲームを楽しむ”から“運動する”価値転換(バリュートランスフォーメーション)により新しい市場を創造したイノベーションであると言っています。

ただし、起点を同じユーザーとしているが、

ユーザーの中でもYou(2人称)かPeople(3人称)かで少し異なると言われています。

森永氏は自著でデザイン思考とDDIとアート思考の起点について整理している(『デザイン、アート、イノベーション』同文館出版,2021)。

各概念の守備範囲の違い

さらに、「DDIは3人称のPeopleに注目した取り組みであり社会的に既に共有された意味を革新することで新しい価値を生む(中略)マクロな意味に注意が向く」(森永,2021,p.157.)とも言っています。

簡単な言葉に置き換えると、

①2人称か3人称か

②マクロかミクロか

という違いはあるものの重要なことは、

デザイン思考もDDIも、経営戦略の上流にあることがイノベーション視点からも捉えることができる

ということです。

●まとめ

デザイン思考とは、単なる手段やプロセスにしか過ぎない。デザイン思考に似た手段やプロセスは他にもあり、どうやらイノベーションの出発点になっている。

従って、経営の意思決定と直接的に関わる必要がある。

デザイン思考とイノベーションが切っても切り離せない関係にあることを次の投稿で要約します。

私のビジネスレビュー「中小企業におけるデザイン経営の戦略的重要性と新たな要件」では、並んで論じられるアート思考デザインドリブンイノベーションなどと比較しながらデザイン思考を論じています。

次の投稿では、イノベーションについての研究結果を要約していきます。

~続く「デザイン経営とイノベーション」~